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ニャンガン部落はどこでしょう?

 投稿者:純子  投稿日:2012年 5月 4日(金)12時10分32秒
  はじめまして。祖父が第49師団最後の作戦参謀の的埜中郎です。祖父の亡くなった地域を知りたいとしらべていて、この掲示板にいきあたりました。まだこの掲示板が機能しているようなら幸いです。
なくなったのは昭和20年4月10日頃。当時小学生だった私の母も、いまは後期高齢者に達し、病にかかっており、私が幼き頃からずっと、死ぬまでに一度、祖父のなくなった地を訪ねたいと願っていたので、なんとかつれていってあげれないかと情報を探しています。
母が祖父のなくなった地ということで伝え聞いているのは、ニャンガン部落ということでしたが。。
祖父の最後は、戦後に九州電力の会長になられた永倉三郎氏がその著「無我の人生」で少し触れてくださってます。
最近やっとビルマも民営化というか、政情が安定し、一般人でも同地へ渡航がしやすくなったように感じますのに、情報が足りません。すでに67年の歳月が経ちますが、どなたか、ご存知の方があれば、どうか教えてください。よろしくお願いいたします。
 

おはようございます。

 投稿者:佐藤 清メール  投稿日:2011年12月12日(月)09時41分52秒
  こちらこそお父上の貴重な体験談を拝見させていただき感謝いたします。
と申しますのも、母からだけの話を聞いていますと、遥か彼方の自分には関係のない話のように聞こえてきてしまい、いつの間にか「ああそう…う~ん。」と、相槌を打つだけの会話になって来ていたからです。
このたび窪田様の体験記に触れたことで、母とのきずなが深まったのでした。
今度は、窪田様の体験記を僕から母に聞かせたいと思います。
 

ありがとうございます

 投稿者:窪田やよい  投稿日:2011年12月10日(土)21時56分51秒
  佐藤 清さん ご訪問&書き込みありがとうございます。
父も他界して5年になりますが、父は昔から戦争の話をよく聞かせてくれました。戦争に行った方は皆さんよく話されるものだと思っていました。
母は健在です。佐藤さんのお母様と同じく以前よりも頻繁に戦争時代の話をするようになりました。今は戦争がなくてよかった…孫達が戦争に連れて行かれなくてよかった…という話で終わります。
興味を持って読んでくださる方がおいでて父も喜んでいると思います。
 

母が語るインパール作戦

 投稿者:佐藤 清メール  投稿日:2011年12月 9日(金)12時00分35秒
  私、東京都墨田区に住む60歳の男子です。
数年前から、お酒を飲むと戦争体験を涙ながらに話すようになりました。
他界した父も「サントス軍曹はなァ…」と、復員後の話を良くしていましたが、戦地での話は、よっぽど辛かったのでしょうか話を聞いた記憶がありません。
母の場合は、南方に売られていったことから始まり、日本に帰りたくなくなるほどに、楽しい日々が過ぎていき、戦火にもまれながら兵隊さんたちと山中を撤退する様子を話します。
話の中に【第55連隊】【33連隊】【白鳥部隊】【インパール作戦】などがいつも出てきます。
手投げ弾を使っての自決。河原での力尽き食事を目の前にして逝ってしまった兵士の話など、同じ内容を拝見しました。
全文を読んでいませんが、涙無くしては読めませんでした。
またお邪魔せさせていただきたいと思います。
 

内務班

 投稿者:ガンキョウメール  投稿日:2011年11月 9日(水)08時34分52秒
  昭和14年12月1日より昭和21年6月17日まての6年7か月、私は軍籍にありました。広島呉港より上海に渡ったのですが、入隊して僅か10日で戦地に送られる軍用列車は若い熱気で包まれていた。列車が広島に近ずくにつれ、国民の熱意に格差を感じた。軍服に満ちている軍用列車を見かけると、仕事の手を放ち、何か叫びつ、手を振りつゝ列車に向い駆けて来る。「あァ死んで来なければ申し訳ない」と云う感情が湧いて来る。関東では見かけぬ風景であった。
入隊して一ヶ月頃、初めて内地からの手紙を受け取る、初年兵係り上等兵より名前を呼ばれて受け取りに行く、女名前の手紙があると「下士官室に行って班長殿に見て貰って来い」「ハイ」と私も下士官室をノックする。
「入れ」「入ります」「手紙を持って参りました」「好し、読め」「ハイ」と私は読み出した。
「貴方が出征されて半月後の12月15日、私は大盛座でお披露目をしました、半月違いで叶いませんでしたが、一度お座敷でお別れしたかったです」途端に平手の往復ピンタが飛んで来た、「弛んどる、もっと緊張せい」「ハイ」これで広島近郷、列車内での決心は一度に消し飛だのである。
俺の書いたものなら、どんなに怒られても仕方が無いが、相手の書いた文章で、何故俺が殴られなければならないのか?、一介の事務員として業者に随行して、事務関係を処理したまでのことである。
この9ヶ月後の作戦で、この班長は戦死してしまった。その後任の班長も輪を掛けて殴られた。入隊して1年2ヶ月、上等兵になって漸く、ピンタから逃れられた。
 

5年になります

 投稿者:窪田幸唯  投稿日:2011年 8月29日(月)00時27分10秒
  当サイトの口述人、窪田孝之助が亡くなってちょうど5年を迎えようとしています。
ついこの前までのような気もしますが、5年という月日が経ています。
もし存命であれば、こんにちのこの混迷を大いに憂い、大いに語ることは間違いないです。
シンプルな切り口で・・・・一体なんていうんでしょう
地域政治の大好きな義父でした
そして自分には正直な生き方のように感じました
 

(無題)

 投稿者:無名  投稿日:2011年 8月19日(金)11時04分41秒
  インパール市外に日本の敗戦後初めて入れました。50年以上も前のことです。地上の漆黒の闇に反して、満天の星空でした。諸兄はこの星空の天には、抱かれているのだと感じました。



 

最近のアクセス状況

 投稿者:窪田幸唯  投稿日:2011年 8月 2日(火)17時40分34秒
  昨年まではこのシーズンになると当サイトへのアクセス量が異常に伸びるのですが、今年はどうも違うようです。本編そのものの更新をしていませんので年々アクセス量が落ちているようです。ネットの世界が変化しているんでしょうか。  

また8月がやってきます

 投稿者:窪田幸唯  投稿日:2011年 7月27日(水)19時04分36秒
  また8月がやってきます。マスコミで戦争ものの特集をやるでしょうか。
当地、中国のテレビを見ていますと、相変わらず旧日本軍が悪者として登場するような番組が横行しています。しつこいほど流れています。
こうやって自国民にイメージを植え付けています。
それぞの国の考え方の違いですが、日本の当たり前と他の国の常識は違います。
大事なことはイメージを伝えるのではなく、事実を伝えていくことでしょう
 

若山 牧水

 投稿者:濱崎和郎メール  投稿日:2011年 4月16日(土)23時46分3秒
  前報 石川啄木ではなく 若山牧水が正しいです。間違っていました。すみません。
宮崎県の医師の息子で 酒が大好き人間。幾山河 越え去り行かば・・の和歌も有名。

白鳥はヤマトタケルを表し、古事記では 東国のくまそを女装で破り、出雲の神を抜けない刀の交換で騙して殺し、相模で野火に焼かれかかり逆に火を放ち、向かい火とし、草薙の剣で草を刈り、敵の国造を焼き殺し、東国も平らげ、オトタチバナノ姫が嵐の海に身を投げて海神をなだめ帰途の船は助かり、伊吹山でヒョウに打たれた倭建命(やまとたけるのみこと)が三重の鈴鹿で倒れる。そして白鳥となって倭に帰る。
文学博士佐々木信綱の「卯の花の匂う垣根にホトトギス来鳴きて、・・夏は来ぬ」とともに白鳥が倭に飛ぶ和歌が昔の教科書にはあったようです。
   古事記の神話ではクラゲのような若い大地が水に浮く油のように浮き、神々も独身神が7代現れる。 アダムとイブの如く いざなぎノ神(男)といざなみノ神(女)が現れ(同性愛は無く)
下界のオノゴロ島で国を生み始める。 淡路島、四国、隠岐島、九州、壱岐、対馬、佐渡島、オオヤマト豊秋津島(本州)の八個の島 が日本国となった。大八島国と呼んだ。 その後更に6ケの島を生み、合計14の島を生んだ。その次に火ノ神、水ノ神、食物ノ神、船ノ神、野ノ神、風ノ神、気ノ神、山ノ神、海ノ神、水門ノ神、住いノ神、アマテラスオオミカミなど35柱の神を生んだ。(これは戦前の人は教わったであろう。)小生の頃は 黒塗り教科書になっていたのか。  火ノ神を生む時、イザナミノ神は やけどを負って、死亡する。イザナギノ命は 妻を黄泉(ヨミの国)に探しに行くが逃げ帰る。とにかく景行天皇の息子のヤマトタケルノ命の霊は 白い鳥となって ヤマトへ戻る。
辞書によれば神風は伊勢にかかる枕詞、又は蒙古が攻めてきた時の風 とか新聞社の飛行機の名称とある。 軍隊で神風を信じてたのは何%だろう。
 

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