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【関西福中・福高同窓会】ホームページリニューアルに伴うURL変更のお知らせ

 投稿者:武尾(高48回)  投稿日:2017年 6月20日(火)00時11分35秒
  各位

関西福中・福高同窓会
ICTサービス部の武尾(高48回)と申します。

この度、関西福中・福高同窓会ではホームページをリニューアルするために、
2017年6月24日(土)に新しいサイトをオープンしますのでご案内致します。

旧URL:http://kfmhs.web.fc2.com
 ↓
新URL:https://kansaifukuchufukkou.com

※恐れ入りますが、運営されているサイト上で
 旧URLをリンク先として登録されて?ご紹介??いただいている場合は、
 新URLにご変更くださいますようお願い致します。


今後もより一層充実したホームページにしてまいりますので、引き続き宜しくお願い申し上げます。

関西福中・福高同窓会
 

福高讃歌-10

 投稿者:川原  投稿日:2017年 6月17日(土)22時07分39秒
  H29-6-17「西日本新聞・ふくおか都市圏」に「福高賛歌-10」が掲載されました。
次週H29-6-24は休載です。
 

百周年報告(最終回)

 投稿者:大村公雄  投稿日:2017年 6月15日(木)08時31分27秒
  百周年とノーベル賞効果か、例年の5割増しという参加者は、1200人余。
用意されたバイキング料理もあっという間に底をつく盛況ぶり…。食欲に勝る消費力はないと思わせ、日本の人口減が脳裏に浮かぶ光景だった。人口が増えれば景気も良くなるはずだが…。
入学還暦壇上がりの12回生は、原鶴温泉で旧交を温めての会場入りとか。103人の参加は辰巳会を10数人も上回っている。今回募金の奨学財団の資金に組み込まれている「在校生の観劇補助金」は12回生が還暦だか古希だかの記念に「博多座観劇」の資金を贈呈したことが端緒とも聞いている。
金でも人でも及ばんが、若さと美貌(貧乏?)では負けとらんバイ!は博多ん者(もん)の負け惜しみ?
 

百周年報告⑦

 投稿者:大村公雄  投稿日:2017年 6月14日(水)21時14分37秒
  百周年の熱き思いで雨の予報も吹き飛ばした福中・福高同窓会の11日朝。
~これまでの百年「百花繚乱」これからの百年~当番幹事の53回生が絞り出した総会のテーマ…。
大隅良典氏の講演会のため前日から泊まり込みの関東組を含めて、辰巳会の23人がこの歴史的で目出たい時間に立ち会った。遠路・東京から参加の鳥越達也君は懇親会に先駆けての同窓会総会にも出席した。
総会の席で募金活動では3億9,300万円余の目標額を達成したことが報告された。
「ふるさと納税」の限度額までは、若干の余裕があり、同窓会本部では今月中の募金を呼び掛けている。
但し、「ふるさと納税」を希望する人の辰巳会への振り込みは今月18日が最終となります。それ以降の振込分は「奨学財団分」としての取り扱いとなります。
 

百周年報告⑥

 投稿者:大村公雄  投稿日:2017年 6月14日(水)08時13分6秒
  記念行事の最後は、日航ホテルでの祝賀会。冒頭に「福岡県民栄誉賞」と「福岡市名誉市民称号」の贈呈式が組み込まれ、小川福岡県知事、高島福岡市長らからの贈呈セレモニーで相当に時間をとられた。軒先を貸して母屋を盗られた格好となったが、井上校長・藤同窓会長らの挨拶に続いて、今回の記念行事で初めての壇上に立たれた小林彰先生が「30年間福高の教壇に立った私が、百周年を一番嬉しく迎えた」との思いを述べられ、声高らかに乾杯の音頭を取っていただいたことが、何よりの救いだった。
記念式典と祝賀会で校歌を2度歌った以外は、ただ座っているだけ、時々拍手をするくらいの一日だったが、疲労度は極限状態に。明日の総会まで体力・気力がもつのかどうか、不安にかられる一日だった。
 

百周年報告⑤

 投稿者:大村公雄  投稿日:2017年 6月13日(火)18時34分25秒
  午後の行事は大隅良典さんの記念講演。当初は福高体育館での開催が予定されていたが、昨年10月3日のノーベル賞受賞決定で、講演を聞きたいという同窓生からの問い合わせが殺到した。慌てた福高の担当者が新たな会場探しにとりかかったが、その心配は徒労に…。翌日の福中・福高同窓会の会場準備のため、当番幹事の53回生が抑えていた福岡国際会議場は3,00人収容の大ホール。それでも傍聴希望者の絞り込みでは苦労も多く、各学年への人数を割り当てることになり、大隅氏の学年15回生には100人。
その他の学年には各15人の割り当てが決まった。辰巳会では最低30人分は確保したいと奔走の結果、
他学年の返上分や学校側の人数絞り込みなどで浮いた分から、どうにか追加15人分の確保が出来た。
枠外としてもらった常任幹事を含めて、辰巳会の31人が講演会を傍聴出来たことになる。余談ながら、
翌日、同窓会場に向かう途中に天神界隈で大隅ご夫妻に出会い、講演の感想など会話の機会を得た幸運な辰巳会の仲間がいたことを追記しておきます。
学校側の傍聴希望者は別室でのサテライト中継によって処理されたようだ。
常任幹事を含めた来賓は貸切バスで国際会議場まで移動したが、在校生は徒歩で会場に向かったらしい。
講演の内容は、11日付け西日本新聞掲載の辰巳会ホームページを参照していただきたい。
 

百周年報告④

 投稿者:大村公雄  投稿日:2017年 6月13日(火)08時21分14秒
  慰霊祭・記念式典と午前中の行事を終り、控室での昼食で一休みです。校舎北館?2階の2年6組の教室が、中学から高校30回位までの学年常任幹事の控室。世話係りは60歳もの隔たりのある孫世代の2年生の女生徒たちです。指定された席に「やまこうの仕出し弁当」と校旗と同じベージュ色の手提げ袋に入った記念品。発行されたばかりの記念文集「おおぞら」は400ページの分厚くずっしりとして、百年の重みを感じさせるしろものです。表紙絵は漫画家:長谷川法世さん(高16回)。11回辰巳会の香月征男会長「恐るべし11回生?~福高の思い出~」山田秀治君の「七十五歳、誇りは元福高ラガー」そして緒方義幸君の「恩師の一言…」の寄稿文が115ページから120ページにかけて掲載されています。
学年が近い先輩・後輩の会話は、窓から見える中庭の変わり様に。近所の子供達が泳いでいたプールのこと、教室の変化には物知りの常任幹事氏曰く「今は40人学級で当時の壁を動かして、教室を増やした」由(現在の学年定員は400人で10学級)。窓のブラインドや空調設備等、整った環境は当時とは比べものにはならない。記念式プログラムの「福高の四季」を添付して報告に代えます。
 

百周年報告③

 投稿者:大村公雄  投稿日:2017年 6月12日(月)22時05分19秒
  慰霊祭の後は、控室でスリッパに履き替えて次の「記念式典会場(体育館)」に移動。1200人余の在校生の横の来賓の席に案内された。来賓最前列には大隅良典夫妻の姿も見られた。式典進行は岩熊昌毅同窓会事務局長(福高教員:岩熊先生のご子息だとか)午前10時丁度に始まった式典は「国歌斉唱」「校長式事」「小川福岡県知事挨拶」「福岡県教育長挨拶」「福岡県議会議長祝辞(代理の福高卒業県議)」「創立百周年記念事業実行委員長(同窓会会長)挨拶」「父母教師会会長挨拶」「福岡県公立高等学校長協会会長(江口修猷館校長)の来賓祝辞」と続く。この間在校生は起立・礼・着席の繰り返しで挨拶の後の拍手もなく、淡々と進められる…。我々2年生時の40周年記念式典もかくあったのか?60年前の記憶は全くない。忘却の彼方か。式典の最後の「校歌」斉唱時には、亡き友の顔も浮かび歌詞に詰まることも…。目頭を拭う先輩の姿に涙腺も緩む、万感胸に迫る百周年の記念式典でした。  

百周年報告②

 投稿者:大村公雄  投稿日:2017年 6月12日(月)10時03分54秒
  6月10日(土)午前8時前、JR吉塚駅2番ホームに降り立った。高架駅に変身した駅に60年前の面影はなし。駅前のうどん屋も姿を消していた。同じ列車から降りた足早の高校生、夏姿の女生徒のブラウス?の胸元に縫いつけられた(バッヂではありません)校章は間違いなく現役の福高生です。
通いなれた?筈の通学路を、衰えた健脚で、殊更にゆっくりとした足取りですすめる。市内電車の軌道もなくなり、道幅が広がった沿線には市立病院やマンションが立ち並び、妙見の踏切も立体交差に変わっている。目印の千代市場もなければ、専売公社も姿を消した沿線の風景は一変した。専売公社後の「福岡県立博多青松高校」は1997年、県内の定時制・通信制課程を集約する形で開校したという。
20数分で辿り着いた福高の正門では、現役生徒が来場者の受付準備に追われていた。
百周年記念の最初の行事「物故者慰霊祭」が行われる3階講堂に案内されたのが午前8時50分…。
遺族代表席に11回生御田元紀君の夫人・マキ子さんの姿があった。「こんな席にいていいのか?」御田夫人の問いかけに「11回生の代表は御田夫人にとの、香月会長のたってのお願いですから…」二言、三言…。慰霊の式典は、祭主・井上拓夫校長、藤和義同窓会長らの献花と追悼の言葉につづいて、御田マキ子さんが遺族を代表して花束を奉げました。新宮松比古前同窓会長の子息・秀一さんが遺族を代表して謝辞を述べ慰霊は滞りなく終了しました。
この10年間の物故者は800余名、このうち11回生は42人(御田元紀君、三野紀夫君、藤野基太郎君、鮫島慶次君、中園房夫君、井上紀興君、西田長生君、小島羊一君、梶栗忠雄君、松月幸雄君、久保田弘文君、松尾敏明君、松尾善勝君らと女性では駒井靖子さん)
 

訃報

 投稿者:川原  投稿日:2017年 6月12日(月)09時14分42秒
  2組 剣道部 箱崎中 吉村 正大君 闘病の甲斐無く5月25日逝去されました。
冥福を申し上げます。
100周年記念講演拝聴の為福岡に戻ってこられた山田秀治君からの連絡です。
東区の自宅にお伺いして、お線香をあげて来たとの事でした。
 

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